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手術から退院まで その5

自己導尿は、看護師さんに説明を聞き実際にトイレで一緒に実践してみました。
手順とかがあるので多少わたわたしてしまいまいたが、わりとスムーズに
出来ました。思ってたよりも簡単だったです。
(えーと、タンポン入れる感じ?普段使ってるかたはそんなに違和感ないかもです)

ですが2度目の自己導尿でまたもやパニックになってしまいました。
(あ~これも後になってみれば非常に恥ずかしい。ストレスたまってたんだ、きっと)

さて、2度目の自己導尿も看護師さんが来てくれたのですが、なぜか二人来ました。
一人は新人さんだったので、まあ指導のためにって感じだったんでしょうが。
手順のチェックのために確認するみたいな感じで、見てるので自己導尿
してくださいと。

2度目でチェックって?って思ったのと、ぶっちゃけ見られてることに対する
恥ずかしさでなんか感情が抑えきれなくなってまた泣いてもうた(汗)
パジャマのズボンをおろして、パンツおろして(ナプキンついてるしっ)
ってところでしたねえ。。。

そしたら、ベテラン看護師が来てくれて抱きしめてくれて
「つらくなっちゃったね」と慰めてくれました。

いや~いい年してすみませんって感じなんですけどね。
一人に見られるのと複数に見られるのでは感じ方が違うと思う。。。
一緒にトイレはいる前にでも、新人なので一緒に確認させてください。みたいのがあればこちらも
そうかー!これから先の患者さんのためにもまあ、しょうがないなーとか思えたかもですが、
一言もなかったからね(笑)心の準備が出来なかったつーかね。

まあ、そんなこんなで自己導尿することとなり、退院前に泌尿器科を受診し
エブランチルを処方してもらい、3月5日さくっと退院しました。
そして退院して2,3日は残尿もあったのですが薬のおかげか残尿ゼロって日が続き、
次の診察日には自己導尿卒業になったのでした。

そして現在は以前ほどの切迫感のある尿意はないよーな気がしますが
普通に出てますでしょーか。あと勢いは少なくなったので時間をかけて出すようにしてます。
(座って体を45度ぐらいに倒すと出たりするよー)

さて次回、手術後の病理結果とその後の治療についての外来は退院二週間後の3月21日です。

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手術から退院まで その4

さて、尿管がとれたということで通常、排尿訓練ですよね?
4時間ごとに残尿チェックをして、残尿が50ccを切れば卒業できるという。
(回数とか時間とかは病院によるようです)

ところが、うちの病院は訓練といえるものはなかったのです。
いえ、全然しないという訳ではなくて、朝と寝る前2回看護師さんに残尿チェック
してもらうようになってました。

尿管を抜いた後、自尿が150cc出たのでおおこりゃ上出来だと思ったのですが
やっぱり残尿は250だ、300だと多かったです。
(でも残尿感がないってのがびっくりですよね)

出ないことに対するアドバイスも特になく、S先生からは手術は上手く行ったし
排尿に影響はそんなに出ないと思う。と聞いていたのでそのうち全部
出るようになるのかな?と思っていたのですが。

何日か過ぎ、ボス部長を先頭にした回診の時に、ボス部長(産婦人科で一番えらい)
にそろそろ自己導尿を覚えてもらって退院してはどうですか?みたいなことを言われました。
(その時は主治医のS先生はいなかったです)

なんでだか、この時ちょっと気持ちがパニックになってしまって
一緒にいた看護師さんにさんざん愚痴ってしまいました。泣きました。
(後になってみるとちょっと恥ずかしかったです~)

それまでいろんな方の闘病ブログを読んでいて、次はこうするんだな、とか
思ってて、なんで排尿訓練がないんだろう?
もしちゃんとしてたら自己導尿にはならなかったんではないか?とか。
なんで主治医でもなく、それまで顔は知ってたけど話したこともない先生に
言われなきゃならないんだとか。

いや、もちろんする事が決まりではないのだろうし病院によって対処は
違うのでしょうが、その時は納得できませんでした。
ブログを読みすぎた弊害なのかな?とも思いましたが、排尿訓練をしていなかった
人がいなかったし。

結局、後で主治医が来て説明してくれて自己導尿することになったんですけど。
どうなんでしょう?こんな感じで特に訓練はしなかったという人はいるのでしょうか?
でも実際、訓練は大変そうだし出ないというプレッシャーはあるし
どっちが良いのかわかりません。

そして自己導尿することになりました。
(自分の尿道口初めて見たよ~)

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手術から退院まで その3

手術から戻ってきた病室に、旦那と私の両親がいて名前を呼んでいるのがわかりました。
このとき何を話したか、記憶はあんまりないのですが、
とにかく寒くてしょうがなかったというのは覚えています。
麻酔の影響らしいですが、震えが止まらなかったです。

痛みに関しては、麻酔が効いていたのかそんなになかったです。
のどが少し痛かったかな。

寝返りが打ちづらいのが辛かったです。
私は真上を向いて寝るのが普段からも辛いので、横を向いて寝たいのですが
動けなくて、腰に枕をあててもらったりしてました。
お腹の痛みより腰痛のほうがしんどかったです。

手術翌日のお昼ごろかな、看護師さんが少し歩いてみましょうか?と。
そろそろと起き上がってみたら以外にもすんなり立てて、よろよろと廊下に出て
手摺につかまったところでものすごい貧血に襲われました。

ぐわっーと目の前が暗くなりすっーと血の気が引いていく感じです。
でもここで耐えればなんとかなる!と言い聞かせしばらくがまんしていたら
治ってきて、その後トイレまで歩いて戻ってこれました。

この時は、自分がんばった!!と思いました。

その後、水も飲めるようになってガスもでて流動食からおかゆになり
(おいしくなくて全然食べられず。おかゆの時の朝食にひきわり納豆が出ました。
 おかゆに納豆って!無理です~)
でも日にち薬とは本当で、一日過ぎるごとに体が回復していくのがわかります。

退院までお腹の痛みはちょくちょくあったのは確かですが、耐えられないほどではなかった
ので痛み止めの薬は一度も飲まなかったです。
ドレーンの管も抜かれ、バッコウもし、点滴も取れ、尿管も抜き、
次は排尿訓練?

この後が私にとっては少し辛い日々が続きました。

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手術から退院まで その2

2012年2月15日 F病院に入院

朝9時に病院に行くので旦那と車で向かいました。
ばたばたしてしまったので時間がなく、車内でおにぎりを食べました。

病院に到着後、入院手続き、部屋への案内(4人部屋)看護師さんとの面談、
手術の説明、もろもろの承諾書にサイン。
そして衝撃が!!
昼食から食事がでなかったのです!聞いてないよ~。

この時、心からおにぎり食べてて良かったと思いました。
でも聞いてたらもっとがっつり朝ごはん食べてきたのに。もー。
ですので、さっそく点滴のルートとられて栄養剤入れられました。

2月16日
この日はシャワーを浴び、除毛とおへその掃除。
下剤投入。
麻酔科の先生による説明。

おなかはそんなに空かなかったですけど、同室の方がカップラーメンを食べてて
さすがにその匂いにつられて、腹へったーと苦しかったです。
夜は眠剤をもらって寝ました。

2月17日 手術日
弾性ストッキング装着。
浣腸。
手術着に着替え。

一番目の手術だったので朝8時に旦那さん到着。
手術時間は5時間を予定しているとの事でした。

私は持病のため2度この病院で全身麻酔の手術を受けていたので
手術に対する恐怖感?緊張感?ていうのはあまりなかったです。
時間になったので徒歩で手術室に向かいました。

以前のときは病室で肩に注射を打たれて、少し朦朧としてたのでベットに寝たまま行きました。
ですので手術室に入った時のことは全然覚えてなかったのです。

今回は歩いていったので手術室内をまじまじと見ることが出来ました。
銀色世界だなあと思いました。少しまぶしかった気がする。

背中の麻酔は一度失敗され(!)二度目で入りました。
ぼっーとし始めた頃にS先生が看護師さんと話してる声が聞こえてきたのですが
内容が「うちの奥さんがディズニー好きで庭にディズニーグッズが沢山あって~」
みたいな話をしてました。私は頭の中で、S先生に突っ込みを入れておりました。
「え~~!マジで!似合わねえ!」と。
緊張感ゼロですが、先生方はそんなものなんですかね?

次に気がついたときには病室でした。

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手術から退院まで その1

2012年1月4日 F病院 産婦人科診察室にて

紹介状と細胞プレパラートを診た後に。
S先生「年明け早々大きいのが来たねえー。とりあえず内診します」

内診は細胞をとっただけだと思う。そんなに痛くなかったですし。
(皆さんが大体されている直腸診は最後までやらなかったです)

S先生「診た感じポリープもきれいにとりきれてます。まあ、I総合病院で判断
   されているので間違いないと思います。
   
   腺癌ということで手術は広汎子宮全摘術及び骨盤内リンパ内郭清を予定します。
   CT、MRI、などスケジュールを入れていきます。その結果を見て最終的に
   判断します」

  「手術日もスケジュール入れます。一番早い日で2月17日かなあ。
   この日他にもあるけど入れましょう。この日死ぬな、俺。あはは」

主治医となったS先生は話し方がおだやかで、優しい感じがしました。
ただ、同じ説明を繰り返すくせがあるみたいでしたけど
ちょっと面白いことも言ったりする?話しやすい感じの先生でした。

1月17日 CT
1月19日 MRI

1月25日 F病院 産婦人科診察室にて最終確認

S先生「CT、MRI 画像をじっくりみたけど他に転移はしていません。
   細胞診の結果でも、でてないのだけど最初に出てたのは確実なので
   予定どおり手術しましょう。
   手術後の病理検査でも何も出てこないかもしれないですが腺がんですしね。
   後、手術後でもがんになる前の細かい細胞があるかもしれないので
   抗がん剤治療も考えています」

結局のところ、がんはポリープに限局してたってことなんですよね。
マーカーも手術前なのに普通レベルでしたし。
CEA→1.9
CA19-9→5
CA125→14
SCC→0.8

もうがんは体内にないのに手術するのかっていうジレンマもありました。
まあ、ないからいいじゃんってわけではないのですけど。
先生がやたら強調してたのは腺癌だからって事と年齢もまだ若いしってことでした。
腺癌はスキップリージョンといって、がんがいきなり違う場所に出来たりするしとも。

そして何よりも抗がん剤って!この時は全然考えもしてなかったので
言われたときは驚きでした。
この時はネットで相当調べてたので、再発予防の抗がん剤なんてやってる人みかけない
のだけれど。。?
まあ、とりあえずこの件は保留でって事にしました。

手術に関しては、排尿に支障が出る可能性がありますが極力出ないように
するともおっしゃってくれました。

その後、X線、心電図、後日自己血を二度とりました。

そして・・・手術日2日前の2月15日に入院しました。

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プロフィール

きみ

Author:きみ
丙午生まれのB型アラフィフ。
夫とロシアンブルー(カブ)と一緒に暮らしています。
子宮頸がんを患いましたがなかったことにする!
ぐらいの勢いで生活していこうと思います。

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